s_心構え_文字入り

 

 

 

 

 

 

この就活と受験の言葉が入ったタイトルですが、これって全く同じものって感覚はありますか?

一見すると就活も受験も確かに試験という意味では同じかもしれないけど、テスト形態は全然違うし、全く同じなわけないだろ!

って思うと思います。

兼ねて私も思ってました。

しかし、実際就活と受験って同じなんですね。

じゃあ何が同じだと思いますか?

それは人生の中間発表なんです。

まぁこの時期ゼミや研究室で卒論の中間発表をやる人も多いと思うのであえて出してみましたが、本当にこの通りです。

どういう事かというと、受験というのは、まぁ小学受験、中学受験、高校受験、大学受験、行く人は院受験など色々とあります。

じゃあこの受験の意味合いって何か考えた事ありますか?

まぁ小学、中学、高校受験などは、良い大学にいく為の受験という意味合いが大きく世間一般で言われている意味合いだと思います。

しかし、良い大学に行ったらそれで終わりですか?

違いますよね。

良い大学に行く意味合いというのは、良い仕事に就く為、高い収入を得る為、好きな仕事に就く為、
など色々な選択肢を幅広く持てるという様々なことがあります。

しかし、今述べた意味合いというのは確かに正解ではありますが、本質ではありません。

じゃあその本質とは何か?というと、

今までの人生の中間発表

という事になります。

要はその時点での貴方の人生の暫定結果が各受験に表されているんですね。

要は頭の良い高校に行けたら、凄いといわれるでしょう。

頭の良い大学に行けたら凄いといわれるでしょう。

じゃあ頭の良い大学に行っても、希望する企業から内定をもらえず、
とりあえず滑り止めで内定をもらった誰も知らないような倒産しかかってる企業に就職したら何ていわれると思いますか?

結局頭の良い高校に行っていても、頭の良い大学に行っていても、そのような就職をしてしまったら凄いとは言われなくなります。

だからこそ、各受験というのはそれまでの人生のその時点での暫定結果という事になります。

もちろん就活も同じ意味合いは持っています。

しかし中学、高校、大学と大体3~4年のスパンです。

しかし就職の場合は約1~40年の長い長いスパンです。

この長い長いスパンの暫定結果を決められてしまう就活というのは、いわば自分の人生を決めると言っても過言ではありません。

もし就活を片手間で考えている人はもう一度考え直した方が良いかもしれません。

頭の良い大学に行っている人は、就活失敗したらもう凄いとも言われません。

例えば就活失敗した、東大出身の人が40歳にもなって俺は東大なんだ!って言っていたら情けないでしょう?

それに比べたら就活成功してバリバリ働いてる名も知らないような大学出身の人が居たら凄く素敵に見えるでしょう?

要は就活は人生の中間発表です。

それも今までの受験の中間発表に比べたら、比べ物にならないぐらいの重要度です。

逆にいえば。

頭の悪い大学(語弊があるかもしれませんが、あえてこの言い方をさせてもらいます)に行っている人は、
就活さえ成功してしまえば、こっちのものです。

今までは大学名で判断されていた自分が、今度は会社名で判断されるようになります。

そしてその会社名を背負った自分こそが中間発表の結果でもあります。

結構極端な話になりましたが、実際これは事実です。

しかし、何も心配する必要はありません。

なぜなら、受験のようにたくさん勉強する必要なんかありません。

別に勉強が出来なくたって良いんです。

最低限九九が出来れば良いです。

その為のノウハウというのを、就活をもっと本気で受け止めて吸収するよう努力すれば良いだけです。

もし就活をそこまで本気に捉えてない人が居たら、もう一度考えなおしてみるのも良いかもしれません。

受験で失敗した私やこのブログを見ているあなたが成功するために本気で頑張っていきましょう。